ミー子

ぉぁああおうぅぅ

Rory Gallagher 'Lost At Sea'(作曲は辻褄合わせではない)

私は Rory Gallagher をあまり聴かずに来て、最近 るそんべえ 氏が続けて記事になさり、デビュー・アルバムから1枚ずつ紹介下さるのを拝読して、学ばせて頂いております。

今回の "Against The Grain" は、Gallagher 的にはチャレンジングな新境地、といえそうです。

それまでの、「ベースはブルース」であり「ジャムセッションをやりながら、曲を完成させていた」のであろう彼が、ブルーズ以外のスタイルを取り込み、作曲の姿勢としても意識的になる。

 

お貼りになってるつべ、'Lost At Sea' でも、例えば [gis, a, d, f](a の持続の上の [gis, d, f])のコード、つまりキーが A の曲において「シ、ド、ファ、ラの半音下げ」(ド上のシ、ファ、ラの半音下げ)が「意識的」で「柔軟」です。

そして、そこに乗っかるヴォーカルやソロ・ギターが fis(ラの半音下げず)でぶつけて来ると、あれっ?と思います。ギターについてはブルーズの手癖のようにも思えますが、ヴォーカルでもそれをやるということは、意識的にそうしてる、ということになります。

 

ここは割と重要なところだと思います。つまり「作曲は辻褄合わせではない」。

ギターやヴォーカルのフレージングにはそれぞれとしての必然がある。これらを「コード進行に収める」ことのために枉げない。

そしてこれは Gallagher 的には、生来のブルーズと、意識としての作曲の、スリリングなせめぎ合い、ということになるでしょうか。